『ご近所未来ラボ』では、読者の皆さんの活動に役立つ、これからのコミュニティや地域を作っていく取り組みや考え方をご紹介しています。
今回は、今後の福祉における注目キーワード、「地域包括ケアシステム」の先進事例をお伝えします!
地域包括ケアシステムは、医療、介護、住まいなど多領域が連携し、地域で生活する人々の健康をサポートする仕組みです。具体的な取り組みを見ていくと、どんな事例にも「領域横断を促すハブ的な存在」の人や場所が浮かび上がってきました。
早速、ご紹介していきましょう!
「地域包括ケアシステム」の関係図(厚生労働省サイト内「地域包括ケアシステム」解説ページを参考に筆者が作成)
地域コミュニティの健康をケアするセーフティネット「暮らしの保健室」
「暮らしの保健室」は、誰でも気軽に健康に関して相談できる場所。新宿にある団地・戸山ハイツ内の空き店舗で開設されています。
保健室での相談は無料で、予約も必要ありません。平日9時~17時の間、いつでも相談を受けつけており、午後には必ず保健師や看護師の資格を持った人が対応してくれます。他にも、ケアマネージャーや薬剤師、栄養士など、医療や介護に関する専門的な知識をもつスタッフが働いています。
また、自分の家族を介護したり、看取ったりした経験がある地域の住民が、ボランティアスタッフとして常駐。健康相談にとどまらない、地域のお年寄りのサロン的存在として親しまれています。
「暮らしの保健室」
この「暮らしの保健室」は、“市ヶ谷のマザーテレサ”と呼ばれる秋山正子さんが中心となり開設しました。秋山さんは市ヶ谷エリアを中心に、約20年にわたって訪問看護に携わってきた、いわばパイオニア的な存在です。
日々患者と向き合う中で、症状が重たくなってから訪問看護を利用する人が多いことに気づいた秋山さん。健康について、もっと気軽に相談できる場所を作りたいという思いを抱き始めます。そんなある日、団地の店舗を所有していた大家さんが、偶然秋山さんのシンポジウムに参加。「少しでも社会貢献に繋がってほしい」という思いを持った大家さんから空き店舗を提供され、「暮らしの保健室」がオープンすることとなりました。
「暮らしの保健室」の特徴は、看護師や栄養士などの幅広い専門職ボランティアが運営に関わっていることです。ボランティアの人々は、病院に務めていたり、開業医をしていたり、分野も所属もさまざま。暮らしの保健室があることによって、立場の違いを越えて、地域住民の健康に関するケアを一緒に考えることができていると言います。
また、この地域では、民生委員の働きもポイントになっています。民生委員とは、地域に暮らす人々の身近な相談相手として、毎日の生活や困りごとを助けてくれる住民のこと。厚生労働省から、地域ごとに任命され、住民と行政のパイプ役を務めます。「暮らしの保健室」の周辺地域では、介護や看取りの経験がある民生委員が多いそう。家族がどう対応すべきかなど、より住民の目線に近い立場から情報を伝えています。
現在、「暮らしの保健室」の活動は全国的に注目を集めており、各地で同様の仕組みを取り入れた拠点づくりが行われています。
参考記事
コミュニティデザイナーと連携した地域包括ケアシステム「幸手モデル」
幸手市では、病院や地域住民が連携して、幸手市独自の地域包括ケアシステム“幸手モデル”の構築に取り組んでいます。東幸手病院内に設けられた在宅医療連携拠点「菜のはな」は、そのパイプ役を担っています。
「菜のはな」は、病院と連携して患者の退院時の支援や在宅緩和ケア、看取りの推進を実施。また地域コミュニティとは、先述した新宿の「暮らしの保健室」を参考にした活動を行っています。幸手団地内に幸手版の「暮らしの保健室」をつくり、「コミュニティナース」と呼ばれる看護師が健康相談にあたっています。さらに、地域における健康づくり活動をサポートしてくれる住民の発掘を実施。こうした住民は「コミュニティデザイナー」と呼ばれ、病院やほかの地域団体の取り組みとのネットワークづくりを担当します。
「菜のはな~在宅医療連携拠点」
この“幸手モデル”が生まれた背景には、幸手市やその周辺地域における医療資源の乏しさがあります。
幸手市の高齢化率は30.2%と、全国平均よりも高くなっています。一方、幸手市における人口10万人あたりの医師数は、全国平均約230.6に比べて、約148.5と非常に低い数字です。
医療資源が乏しくなると、潜在的なリスクが見逃されやすくなり、治療の遅れへとつながります。それによって重病患者が増えると、受け入れ可能な患者の数が限られている病院が対応しきれないという事態に。患者は十分な治療を受ける間もないまま、家に戻らなければいけません。こうした悪循環を断ち切るために、重大な病気にかかる前の予防や治療に焦点を当てるべく、作られた仕組みが“幸手モデル”なのです。
この“幸手モデル”のポイントは、地域住民が主体となって運営していることです。地域住民同士がコミュニケーションを取りあって情報を集め、病院の外で活動する看護や福祉の専門的な人材と連携します。ここでは病院は、あくまでもサポーター。プレイヤーとしての役割は住民に任せ、医療機関や民間事業者との連携に力を注いでいます。
中心となる地域住民は、自治会や民生委員、商工会やまちづくりNPOと「菜のはな」が連携して選抜しています。選抜条件は、地域におけるネットワークを持ち、まちづくりに興味・関心を持っていること。選抜された住民には、地域で活動するためのノウハウを伝える、コミュニティデザイナー養成講座を提供します。この講座を修了した住民は、晴れて「コミュニティデザイナー」として活動していくことができるようになるのです。
参考記事
介護を通じたまちづくりの拠点
「ぐるんとびー」は、神奈川県藤沢市にある小規模多機能ホームです。しかし、この「ぐるんとびー」に集まるのは、ケアを受ける高齢者だけではありません。同じ建物の別の階に暮らす住民がおしゃべりしに来たり、夕方には子どもたちが遊びに来たり。あらゆる年代の地域住民が「ぐるんとびー」を目指してやってきます。
実は、「ぐるんとびー」があるのは、団地の中。空室になっていた団地の一室を利用した、業界初の介護拠点なのです。
「小規模多機能ホーム ぐるんとびー」
ぐるんとびーを立ち上げたのは、菅原健介さんです。菅原さんが「地域でのケア」に関心を持ったのは、東日本大震災がきっかけでした。震災後、現地でボランティアコーディネーターとして支援に携わった菅原さんは、地域と高齢者介護のかかわりが全くないことに驚きます。普段から高齢者介護と地域が連携できるネットワークが必要だと考えた菅原さん。被災地から戻ると、地域との絆づくりをテーマにした小規模多機能型居宅介護事業所をスタートさせました。
この小規模の介護事業所を運営するうちに、菅原さんは、低所得の高齢者の介護という問題に行き当たります。地価が高騰する都市部では新たな事業所を作ることが難しいうえ、そもそも介護度の高い人は、高い料金を払って施設に入居することができなかったのです。
そこで、菅原さんが目を付けたのが“団地”でした。子どもから高齢者まで、多世代が一つの建物に暮らす団地であれば、すでに地域コミュニティができている。しかも現在、多くの団地が空室にあえぐ状況となっており、比較的安い料金で場所を借りることが可能といいことづくめです。ただ、この団地を利用した介護拠点の実現には、前例がなかったために、粘り強い交渉が求められました。長い準備期間を経て、ようやく“地域でのケア”を実践する場所、ぐるんとびーが誕生したのです。
今、ぐるんとびーが注目しているのは、自治会の力です。ぐるんとびーには「ちょっとお茶をしたり、食事をしたりする場所が欲しい」というような、地域に対する要望がたくさん集まってくるのだそう。こうした要望と、自治会の人々を繋げることによって、地域におけるさまざまな課題解決につながるのではないかと、菅原さんは言います。
福祉をキーワードに、団地を舞台とした地域包括ケアシステムを実現していく。菅原さんたちの“介護を軸にしたまちづくり”はこれからも続きます。
参考記事
新しい社会福祉のかたちをつくるのは、ご近所同士のコミュニケーション
ここまで、「CCRC」と「地域包括ケアシステム」の取り組みを通じて、今後の地域における福祉のあり方を見てきました。
どちらの概念にも共通しているのは、地域に暮らす住民が主体的に動き、医療や介護といった専門分野と連携していくということ。福祉に対して課題だらけの日本で、今後のあり方を作っていくのは、地域に暮らす住民自身なのです。
こうした取り組みを進める上では、地域間のコミュニケーションがとても重要です。ご近所SNS「マチマチ」は、便利なツールとして役に立つはず。すでに「CCRC」や「地域包括ケアシステム」の活動に取り組んでいる人も、「これから自分たちも関わってみたい!」という人も、ぜひ使ってみてくださいね。
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